低反発ドライバー

低反発ドライバー
ドライバーは、ゴルフをする者にとって、もっとも魅力的でもっともオモシロいクラブですが、もっとも苦労させられるのもこのクラブです。コースに出て、ほぼ100%の人がドライバーを使います。『今日は調子が悪いからドライバーは封印だ』と宣言しても、ヤッパリ使ってのがドライバーの魅力です。そんなドライバーだからこそ、選び方は重要となるのです。
ゴルフクラブは一見どれもあまり変わらず、違いがわからないかもしれません。しかし、今、いかに自分にあったクラブを見つけられるかでゴルフの上達が違ってくるといっても過言ではありません。シャフトの性質、ヘッドの形、重さなど千差万別なので、わからないときはすぐに店員さんに相談していくべきです。それで自分にフィットしたクラブを見つけましょう。
初心者向けにオススメのドライバーは、「デカヘッド」「長い」「軽い」を兼ね備えたドライバーです。デカヘッドの特徴は、フェードボールでしかも距離も伸びるのです。初心者の球筋であるスライスではありません。フェードボールとはまっすぐ出ていって、最大460ccのデカヘッドから打ち出されるまっすぐな力強い球筋は、初心者でも簡単に出すことができるようになりました。
最後に、最近ゴルフ雑誌やゴルフショップなどで、「SLEルール適合」という文字や青いシールをよく目にします。これは、2008年1月1日からゴルフクラブのスプリング効果の性能に関する新しいSLEルールが施行され、いわゆる高反発ドライバーの使用が禁止になってしまうからです。SLEルールに適合しているクラブは、低反発ドライバーとも言われています。ゴルフクラブメーカーもどんどん適合クラブを発表し、新登場のゴルフクラブのほとんどが適合モデルの低反発ドライバーです。競技などには縁のない一般ゴルファーには、SLEルールに関わりなく高反発ドライバーの使用はOKです。

ドライバーの選び方

ドライバーの選び方

ゴルフブームが蘇ってきました。ゴルフコンペも連日、いたるところで盛んに開催されています。ゴルフクラブでもっとも活躍するのがドライバーですね。コースに出たとき、殆どの方がドライバーを使います。ですからドライバーの選び方は、他のどのゴルフ用品よりも重要になってくるのです。
自分にあったクラブとは、振りやすく感じるクラブのことです。自分に合った調子・重量・長さ・硬さのシャフトを選ぶことが重要なポイントです。 自分にあっていないクラブで練習を重ねていると、打球の軌道を見ながら、身体が自然に調整してしまって悪い型が身についてしまうので、クラブを買うときは、ゴルフショップでお店の人とも相談しながら購入することをおススメします。
初心者にオススメできるのは最新のドライバーで「デカい」「長い」「軽い」タイプのものです。特に最大460ccのデカヘッドから打ち出されるまっすぐな力強い球筋は、初心者でも簡単に出すことができるようになりました。ドライバーの性能は、メーカー各社がしのぎを削っており、殆ど優劣はありません。できることなら実際に打ってみて振りぬきやすさや打球感・球筋を確認してみてください。
デカヘッドなどと言ってもどうしてもクラブには、“構えやすさ”と“顔の良さ”があります。人によって好き嫌いはずいぶん違ってきます。スーッと構えやすくて自分が惚れた顔のクラブなら、なんとなくナイスショットのイメージが湧いてきます。不安がなくなるんです。これってとっても大切なんです。ゴルフがメンタルなスポーツといわれるのもここにあります。

ゴルフクラブ ドライバー

ゴルフクラブ ドライバー
ゴルフの醍醐味は何といってもドライバーがぶっ飛んだときです。確かにゴルフは上がってナンボの世界であることは間違いありませんが、朝一番のショットでロングドライブがでると、とっても気持ちがいいですね。そのためにもドライバーの選び方は非常に重要になってくるのです。
自分にあったゴルフクラブとは、振りやすく感じるクラブのことです。自分に合った調子・重量・長さ・硬さのシャフトを選ぶことが重要なポイントです。 自分にあっていないゴルフクラブで練習を重ねていると、打球の軌道を見ながら、身体が自然に調整してしまって悪い型が身についてしまうので、クラブを買うときは、ゴルフショップでお店の人とも相談しながら購入することをおススメします。
初心者にオススメできるのは最新のドライバーで「デカい」「長い」「軽い」タイプのものです。特に最大460ccのデカヘッドから打ち出されるまっすぐな力強い球筋は、初心者でも簡単に出すことができるようになりました。ドライバーの性能は、メーカー各社がしのぎを削っており、殆ど優劣はありません。できることなら実際に打ってみて振りぬきやすさや打球感・球筋を確認してみてください。
ここ最近やたら目にするのが「SLEルール適合」という文字や、青いシールがあります。これは2008年から競技では高反発ドライバーの使用が禁止になるので、それにひっかからない、つまり低反発ドライバーであるということを示しています。あまりにもここ数年ドライバーの飛距離が伸びたための規制なのですが、競技に関係のない一般の人は高反発のドライバーを使うことに問題はありません

日本ゴルフ100年のルーツC

日本ゴルフ100年のルーツC

それは当時の『スポーツイラストレーティッド』誌が、赤星を絶賛する記事からも想像できる。
六郎は、日本オープン、日本アマに優勝。四郎は、日本アマ2回優勝している。
赤星六郎のフィニッシュは独特で「六の膝うち」「沈むフィニッシュ」としてアメリカでもゴルフマスコミの話題となった。

フィニッシュしたあとに右ヒザを地面につけるように沈むのである。
赤星はアマチュアゴルファーばかりでなく、当時のプロゴルファーにももちろん技術指導をしている。

パインハーストと日本のゴルフは、六郎以来、縁が深い。
次にパインハーストで活躍したのは、近衛文隆だった。
やはりプリンストン大学ゴルフ部キャプテンで、豪快な飛距離が有名だった。
チームを優勝に導いたのはいうまでもない。
大学から最優秀選手として表彰された。その子近衛文隆が留学途中で帰国せざるを得なくなったのは、第2次世界大戦中だった。
父親の近衛文麿が首相となり急遽呼び寄せられたのである。
文隆は、シベリアで無念の死を遂げるのだが、もし文隆が生きていれば戦後の日本ゴルフ史は、アメリカナイズされたかも知れない。
その後、パインハーストで、宮本留吉がボビー・ジョーンズと親善マッチをして、5ドル紙幣を巻き上げ、それにボビー・ジョーンズのサインを貰った話は有名である。

日本オープン選手権をプロゴルファーが制したのは、第2回大会。浅見緑蔵だった。
浅見、そして宮本留吉、安田幸吉、戸田藤一郎というプロゴルファーが活躍し、彼らは率先して海外遠征にもでかけた。
また逆に、1930年には、ウォルター・ヘーゲンやジーン・サラゼン、ボビー・クルックシャンク、ビル・メルホーンという世界的名手を招いてエキジビションマッチを各地で開催している。

第2次世界大戦を挟んで、日本のゴルフは大衆化へと進んでいった。特に、1957年、日本で開催したカナダカップ(現ワールドカップ)に中村寅吉、小野光一が団体優勝、中村は個人優勝したことがゴルフブームの火つけ役となった。

日本ゴルフ100年のルーツB日本人第一号のゴルファーは?

日本ゴルフ100年のルーツB

日本人第一号のゴルファーは、いったい誰なのか?。

日本ゴルフ協会の年鑑によると二人の日本人の名前が記されている。
一人は、水谷淑彦。もうひとりは新井領一郎である。

水谷は、1896年英国のグリニッチ海軍大学留学中にプレーしたという。
また、新井領一郎は、アメリカでプレーを始めた。

ともに1900年以前のことだった。その新井は、ニューヨークで
生糸の貿易商をして大成功を収めた人物だった。
病気療養を兼ねてノースカロライナ州パインハーストで滞在していたときに
ゴルフを覚え、ニューヨークに戻ってから在住の日本人たちにさかんに
ゴルフの面白さを喧伝した。

そのひとりに井上準之助がいた。当時、井上は日本銀行の監査役で駐在中だった。
後に日本の金融界の重鎮となり、政治家となったわけだが、
この井上らが中心となって生まれたのが、東京ゴルフ倶楽部駒沢コースだった。
そして公式競技としては、日本アマチュア選手権のあと、
1926年に第一回日本プロゴルフ選手権が開催されて宮本留吉が優勝。

その年に関西オープン選手権が始まり、プロゴルファー第一号の福井覚治が優勝。
これが昭和元年のことである。
日本オープン選手権が創始したのは、その翌年のことである。
程ヶ谷コースで開かれ第1回の優勝者は、アマチュアの赤星六郎だった。
赤星四郎、六郎とふたりの兄弟はアメリカでゴルフを覚えた。

薩摩藩の洋学者の子として生まれ四郎はペンシルバニア大学、六郎は、
プリンストン大学に留学しそこでゴルフを覚えた。
そればかりでなく、六郎は、大学ゴルフ部のキャプテンを務め
1924年にパインハーストでの春期大学競技会で見事優勝するという腕前だった。

もし赤星がそのままプロゴルファーとしてアメリカに残って戦っていたら、ひょっとしたら世界のメジャーを制覇していたかも知れない。

日本ゴルフ100年のルーツA

日本ゴルフ100年のルーツA

足早にゴルフコースの歴史を辿ると、1906年には横浜・根岸にゴルフコースが誕生した。

ここは「ニッポン・レース・クラブ・ゴルフィング・アソシエーション」
(NRCGA)と呼ばれ、競馬場の中央の土地に9ホール、2473ヤード、
パー34の根岸のコースは、サンド(砂)グリーンでなく日本初の芝草グリーンだった。

しかし、これらコースの主役は、ほとんどが外国人ゴルファーである。
その意味では、日本初のパブリックコースとして誕生した雲仙ゴルフ場は、
特筆すべきである。

雲仙ゴルフ場は、最初から県営のパブリックコースである。
当時の知事が長崎県の観光開発の一環として、長崎在住の外国人や香港、
上海から来日する外国人をもあてこんで計画したのである。

1912年開場。現存するコースとしては神戸・六甲コースに次いで
古い歴史を持っている。

六甲、横屋、根岸が外国人主導型のゴルフ倶楽部であったのに対し、
雲仙は、最初から県営パブリックなのである。
その計画・運営主体はもちろん長崎県だったが、実際にすべてを
取り仕切ったのは日英人・倉場富三郎だったといわれてます。

あのグラバー邸の子息である。発足当時の雲仙コースの料金は、
キャディフィを含めて20銭。
いまの1000〜2000円という感覚である。

またこの雲仙ゴルフ場は、その周辺も含めて日本最初の国定公園に指定され、
日本で記念切手となっている唯一のゴルフ場でもある。
ちょうど8番ホールから雲仙を望んだ風景です。
しかし現在は切手に描かれている左手前の松は残っていない。

そして東京ゴルフ倶楽部(駒沢)が創立したのが、1913年のことである。これが日本人による日本人のためのゴルフ倶楽部の創設だった。(約720字)

ジェイ・ハース

◆ ゴルフ名言集 ジェイ・ハース 

「ゴルフには(防御)ディフェンスが無い誰のジャも出来ない代わりに、誰の助けも得られない ゴルフは、自分次第なんだ・・」

これは朝日新聞11月10日夕刊「米国ゴルフツアー 素顔のプロたち」に載っていたなかからの抜粋です。

レポーターは「週刊ゴルフダイジェスト」でもお馴染みの舩越園子さん。
米国に住み、主に米ツアーをカバーするゴルフジャーナリストである。

ジェイ・ハースはいう。 「野球なら打った球キャッチして止められる。フットボールならタックルして相手を阻止できる。でもゴルフは競り合う相手が打ったボールを止めることはできない。誰の邪魔もできないかわりに、誰の助けも得られない。要するに自分次第なんだ」

ジェイ・ハースはもうすぐ51歳をむかえるシニアプロだが、
なんのその、現役ツアーの第一線で活躍中なのだ。

ハースが『自分次第』と目覚めたとみえるのはシニア入りぎりぎりの49歳のとき。賞金ランク15位。そして今年は27位。

トップ30位までの選手で争われる最終戦のツアー選手権では、
堂々の優勝争いまで演じた。通算9勝。
この飛躍の原動力は何なのか。

「肩を痛めた2000年は、もう年だと捨て鉢になりかけたが、
若い選手でさえ必死にトレーニングしているのに刺激され、
老体の柔軟性を維持するために49歳からエアロビクスを始めた」。

つまり違う自分、ステップアップした自分をつくるために努力したわけである。

その結果、冒頭のような言葉を舩越さんの前に吐露したのである。

シニア諸氏、もって瞑すべし!


ジェイ・ハース
1953年、米国ミズリー州生まれ。名門ウェイクフォレスト大学出身。76年プロ入り。ツアーでは中堅として活躍していたが、シニア入りを目前にした03年、急浮上、賞金ランク15位、今年27位。シニア世代の星として注目されている。通算9勝。

ゲーリー・プレーヤー

●ゴルフ名言集 ゲーリー・プレイヤー 

「ゴルファーの最大の敵は自分であり、他の誰でもない」

ゴルフという競技の本質をついた言葉である。ゴルフにおける闘いとは、
自分とコースと相手との相関関係において成立する。

特にストロークプレーにおいては特定多数のプレーヤーとスコアを競うのだから、
目の前の相手に勝ったからといって優勝できるとは限らない。
だから、自分の意志どおり、最高のマネージメントどおりにプレーして結果を待つということが大事になるわけだ。

そのためには、目の前の相手に一喜一憂することなく、
自分のプレーをすることである。

また、自分が最高のプレーをしても誰かが、それ以上のプレーをすれば
その人に勝ちをゆずることになるのも、ゴルフ競技の奥深いところであろう。

トーナメントで優勝争いしている人に、インタビューすると大抵のプレーヤーが
「自分のゴルフをするだけです」というのは、この名言を体感して
知っているからだろう。

そしてこの名言を吐いた人がゲーリーだったからこそ、真に迫ると
思うのは筆者だけではないだろう。


ゲーリー・プレーヤーは168センチという小柄な体格ながら、ハードな練習、ボディビルで
毎日鍛錬することを己に課し、強靭な体力をつくりあげ、
パーマー、ニクラスとともに『ビッグスリー』と呼ばれ、世界に君臨した。

努力の人なのである。 ゲーリーがこの名言を吐くバックボーンは、
自分の故郷南アで見たハリー・バードンの模範試合であったという。

バードンが氷のように冷静で、同伴競技者を忘れ、哲学的冷静さと思える
態度でプレーすることに感銘し、自分もこのようなゴルファーになろうと
決意したというのである。

禁欲的で黒づくめのいでたち、精悍なイメージで『黒豹』とニックネーム。
また愛馬に『ニンタイ』(そう、日本語の忍耐です)と名づけた男だからこそ、
この名言がいちだんとリアリティを帯びるのである。


ゲーリー・プレーヤー1935年、南アの生まれ。53年ツアー参加以来、世界各地のトーナメントで優勝。PGAツアーで24勝。メジャーも8勝し、グランドスラマーにもなっている。ほか各国、シニア勝利数は95回に及ぶ。合計119勝。まさに世界を駈ける『黒豹』で、パーマー、ニクラスとともに「ビッグスリー」と呼ばれ、人気を博した。親日家でもあり、青木功とは大の仲良しで、故郷南アの自宅の牧場に招待し、青木の口癖である「忍耐」を愛馬の名前としたエピソードも残っている。

グラントランド・ライス

●ゴルフ名言集 グラントライド・ライス

 「ゴルフは20パーセントが力学と技術であっる。残りの80%は哲学、ユーモア、悲劇、ロマンス、友情、へそ曲がり、そして会話である」


スポーツライターのグラントランド・ライスの言葉。

これは『リンクスランドより』(永井淳・著 東京書籍・刊)に載っていたが、達意の文章なのでそのまま抜粋する。

「つまりゴルフはスポーツにしてスポーツにあらず、筋肉はどちらかといえば脇役で、主役は心理というわけだ。メンタルな要素を持つスポーツはほかにもたくさんあるが、ゴルフほど考える時間は多くない。
たとえば四時間のラウンド(試合時間)中、筋肉を動かしてボールを打つ時間よりも、歩きながらあれこれ考える時間のほうが圧倒的に多いスポーツがほかにあるだろうか。
思考は人を懐疑的にする。一筋縄ではいかないこの性格がゴルフの最大の魅力であり、同時に中毒性の原因でもある」

ゴルフ好きで有名なイギリス生まれの作家、P・G・ウッドハウスの
ある短編に登場するゴルファーの述懐だそうです。

これも前回と同じく『リンクスランドより』(永井淳・著 東京書籍・刊)の抜粋であるが、引用を続ける。

「温厚篤実、常識円満で非のうちどころのない社会生活を送っている人間が、ことゴルフに関しては常軌を逸して極端に走る傾向を多分に戯画化したせりふだから、額面どうりには受けとれないにせよ、ゴルファーという人種の精神構造を象徴的に表した言葉とうなずける一面もある。ゴルファーとクラブの関係は、恋愛に完全主義に似ている。現実には理想の恋人(クラブ)を求めて遍歴を重ねるところが両者に共通している。そしてついにその努力が徒労に終わるところも」

日本ゴルフ100年のルーツ@

日本ゴルフ100年のルーツ@

神戸・六甲山上にゴルフコースが生まれたのは、1901年のことである。
これが日本ゴルフの夜明けである。といっても最初は4ホール。

ゴルフ史家だった攝津茂和氏によると「イギリス人が3人集まればゴルフコースができる。
アメリカと日本に作られた最初のゴルフコースがまったくこの言葉どおりであるのが面白い」と語っている。
確かに、アメリカは1888年、ニューヨーク郊外につくられた100ヤードほどのホールが最初だった。

それより遅れること13年。英国人のアーサー・グルームが自分の別荘が
あった六甲山上に4ホールのコースをつくって仲間たちとゴルフを楽しんだのが、
日本ゴルフの起源である。それから100年という歳月が過ぎて、
日本のゴルフは大きく様変わりしている。

けれども日本のゴルフ100年の歴史を紐解いてみると、
そこには明らかに日本で生まれ育ったゴルフ文化の足跡がしっかりと
残っている。

4ホールの六甲ゴルフ。それはやがて9ホールになり、
1903年には、日本で初めての倶楽部が誕生ししました。
神戸ゴルフ倶楽部である。

ところが冬の季節になるとコースはクローズを余儀なくさせられることから、
現在の神戸市東灘区魚崎町横屋に6ホールのコースを建設したのが、
日本の2番目のコースになる。

「横屋ゴルフ・アソシエーション」で全長1196ヤード、パー21。
このコースはやがて鳴尾コースとなる。

その横屋でキャディをしていた少年・福井覚治が後に日本人プロゴルファー第1号ということになる。

ゴルフ名言集 ジャック・バーグ

● ゴルフ名言集 ジャック・バーグ 

「今終わったショットはすぐ忘れて、次のショットへ集中すべし」


ゴルフはミスのゲームである。ボウリングのように300ピンで
パーフェークトということがない。

パー72として18ホール全部バーディだとして54。
このスコアを出した人は未だ皆無だし、またこのスコアをパーフェークトというにも異論があろう。

つまり、どんな名人才人であろうとミスはするものなのだ。

大事なのはミスをしたことを忘れること、気持ちを切り換えて
次のショットに向かえと、この名言はいってるのだが、
これがまた凡人には難しいものなのである。

後悔は詮ないものと知ってはいながら、ふっきれないのが人間なのだ。

タイガー・ウッズは「10ヤードルール」を実践している。

10ヤード歩く間にミスを犯した自分を機械的にクールダウンさせる
メンタル・ルーティンだ。

気持ちを切り換える心理方法が科学的になったとはいえ、
ゴルフの本質はジャック・バークの50年代と少しも変わっててはいないのである。

ジャック・バーク
1923年米国生まれ。父親もプロで3歳でクラブを握り、19歳でプロ入り。
1956年、マスターズ、全米プロに優勝した戦績もだが、ゴルフ指導者としても知られている。

ジャック・バーク著書『ゴルフの極意』(原題Natural Way to Better)は、近代アメリカゴルフ理論を初めて日本に紹介したとしてつとに有名。
2度も来日し、親日家でもあった。

アプローチティーチャー

◆内藤雄士プロデュース アプローチティーチャー


何度か素振りを繰り返し、パー5ロングホールのティーグラウンドに立って
おもむろにフェアウェイの方向を見てから、ドライバーでフルショット、
ドライバーヘッドの芯で捉えたゴルフボールは真っすぐに飛んで
フェアウェイのど真ん中280ヤードの位置にナイスショット!

一緒にラウンドする仲間からの「ナイスショット」の声、
いつもこうだといいのにな〜なんて考えながらも幸先のいい
スタートを切ることができて、まずは一安心と言うところですね。

セカンド地点に到達してキャディーバッグから取り出したのが
フェアウェイウッド。

このフェアウェイウッドというゴルフクラブはなかなかよくできている
ゴルフクラブだと思います。

その昔は、このような便利で気の利いたゴルフクラブなど当然ありませんから、
残りの距離によっては、またドライバーを使わなければならないケースも
結構ありました。

しかしこれが自分にとってとてつもなく難しいショットなんです。
基本的にドライバーというゴルフクラブはティーアップしてショットする
練習ばかりしているので、いざフェアウェイで使うとなると非常に神経を使います。

やはり普段からの練習が大切ですし、こういったときにボロが出てしまいますね。

こういったときには無理をせずにドライバーよりも比較的やさしい
ゴルフクラブのアイアンを使いまししょう。

当然どのアイアンクラブを使ってもグリーンまでは届きませんから、
できるけグリーンに近づけるためにフルショットを打ちます。

そこからアプローチショットで寄せるわけですが、これが要注意なんですね。

なぜかと申しますと、今までフルショットをしていたので中途半端な
ゴルフスイングができにくい状態になっているんです。

身体は正直です、不安を抱えながらのアプローチショットは、
手首の微妙な調整がうまくいかずに、トップやダフりを招きます。

是非アプローチティーチャーで普段からよく練習しておいてください。


>> アプローチティーチャーを詳しくみる

アンジュレーションパット

●パット練習器具 アンジュレーションパットSP−012


ゴルフをプレーすることにおいて大切なことは、集中力・予測能力・練習・
足腰の鍛錬・上半身、下半身の強化と柔軟性・リストや
握力のパワーアップ等、数え上げると限がありませんね。

プロゴルファーであれば、これらの項目は必ずといっていいほど取り入れて、
上位を目指し、合間を見ながら日々欠かさずにトレーニングを積んでいることでしょう。

その昔、中島常行プロが腰にロープを巻きつけて古タイヤ引きずりながら
一生懸命にトレーニングしている写真を見たことがあります。

もっと以前には、あの南アフリカのゲイリープレーヤーという世界的な
プロゴルファーが両手に鉄アレーを持って汗をかきながらの
猛トレーニングに励んでいる姿も未だに瞼に焼き付いています。

しかし、アマチュアゴルファーの場合、プロゴルファーが取り入れて
日々行っているトレーニングを続けていくのは若干の困難が伴うことと
考えられます。

プロゴルファーの練習項目のすべてを取り入れることはこの際考えずに、
プロゴルファーの持つ繊細な感覚に少しでも近づくように練習すれば、
スコアアップに必ずや役立つものだと思います。

繊細な感覚を養うのにうってつけなトレーニングと言えばパッティングの練習だと思います。

このアンジュレーションパットには、ワンタッチアジャスターという機能が
付いており、片手で容易にゴルフコースのグリーンと同じような傾斜のある
ラインを再現してパッティングの練習をすることができます。

ストレート、スライス、フックラインを数多く打って練習することにより
集中力が高まって神経が研ぎ澄まされ身体にパッティングの繊細な感覚を
覚えこませることができます。

この練習器具は高速グリーン仕様となっており、難易度が高く集中力を付けるにはとても役立つゴルフ練習器具です。


>>アンジュレーションパットについて詳しくはこちら!

フラットパターマット

フラットパターマット


ゴルフショップを見て歩いていると、時々強く食指を刺激されるゴルフクラブ
や道具に出くわすことがあります。

よく考えられてつくられているゴルフクラブだな〜とか、よくできている道具だな、
などと感じることってありますよね。

例えば中古ゴルフクラブで一万円ぐらいのドライバーと、
自分で考えに考え抜いて選んだ十万円の新品ゴルフクラブの
ドライバーとではグリップを握った感触や振りぬいたときのシャフトの
しなる感覚スムーズに振りぬけるシャープなイメージ、更には、
インパクトの瞬間の打球音、手と腕に伝わってくる心地の良い軽いショック等、
すべてにおいての質感が上級クラスのもので、使う人にとって深い満足感を与えてくれるものです。


でも十万円ですからね、上を見ればかぎりがありませんよね。
いくらでも高いゴルフクラブやそのほかの道具でもお金に糸目を付けなければ際限がないほどいろいろな物が出回っています。


最近いい道具を見つけました。ゴルフクラブではありませんが、
家の中で使用するパターの練習用マットです。

フラットパターマットといいまして文字通り傾斜がない平坦なパター練習用マットです。

このマットの優れているところは、実際のグリーン上でパッティング
したときにゴルフボールがカップをなめるようにしてグルっと回る場合が
ありますが、それを上手く再現できるようなカップの構造をもっていると言うことです。


勿論カップに真っすぐゴルフボールが行っても強すぎると
ゴルフボールが跳ねて反対側に流れていきます。

まさに本当のグリーンのカップに入れる感覚です。
しかもリーズナブルなお値段です!

>> フラットパターマットについて詳しくはこちらから!

ヘッドスピードアップ練習器UP5

●ヘッドスピードアップ練習器UP5(アップファイブ)


たとえば、460ヤード(パー4)という比較的長い距離のミドルホールがあったとします。

2オンを狙いますか?それとも最初から2オンは難しいと読んで、
手堅く3オンを目標にティーグラウンドに立ちますか?

コースの形状にもよりますが2オンは不可能ではありません、
要は気持ちの持ち方が大切な部分を占めていると考えます。

2オンを成功させるためには、やはり普段からの練習がものをいいます。

ドライバーショットが280ヤードから300ヤード平均をコンスタントに
打てるようになっていなければ、2オンという離れ業は少々難しいかも
しれませんね。

なぜならば、セカンドショットをウッドよりも神経を使わなくて済むように
アイアンで打つことを想定して戦略を立てなければならないからです。

ではどうしたらドライバーショットの飛距離を伸ばすことができるのでしょうか?

答えは”ヘッドスピード”を上げること、それに加えて無理のない
正しいフォームを身に付けることですね。簡単に言いましたが、
実はこれが一般のアマチュアゴルファーにとっては至難の業なんです。

プロのアスリートのようにジムに通ってトレーニングを重ねることは
毎日仕事をしている身には少しばかり酷なような気がします。

要するにヘッドスピードアップに必要な筋肉を付けることができれば
いい訳ですからピンポイントで思考することも早い上達を目指すには
必要なことだと考えます。

ヘッドスピードアップ練習器UP5(アップファイブ)は文字通り
ヘッドスピードを増加させるためのゴルフ練習器具です。

レッスンプロの永井コーチという方がゴルフダイジェストというゴルフ週刊誌の中で、
ヘッドスピードアップに必要な速い筋肉を身体に覚えこませるには、
最適で十分な効果が期待できるすばらしいゴルフ練習器具であると述べられています。


>> ゴルフダイジェストで大絶賛

ちょっとの気遣いでキャディさんから大モテ!

「ナイスオン!」やっとグリーンに辿りつきました。

一刻も早くグリーンに向かいたいところですが、
ボールの位置をしっかり確認していますか、乗ったように見えても、
意外とショートしていたり、止まらずにグリーン奥のラフやバンカーまで
行っていることがよくあります。


特にグリーン面が見えない打ち上げのホールの場合は注意が必要です。

心配であれば状況を把握しているキャディさんに尋ねてみましょう。
ボールの位置が分り、早速グリーンに向かいたいところですが、
手ぶらでグリーンに向かうのはもってのほかです。

この時、確実にグリーンにオンしているのが分ればパターを持って行きましょう。
もし確認できないようであればアプローチ用のクラブとパターの
両方を持って行くのが要領のいいゴルファーです。

自分で持っていけば、それだけ次のプレーがスムーズに行えます。

自分でパターを持って行く利点はプレーがスムーズに行えるだけでなく、
時間的に余裕ができますので、パッティング・ストロークの感触を
早く試すことができたり、パターでボールマークなどの修復作業が行えます。

これは一石二鳥です。さらにキャディさんも助かりますし、
気の付くゴルファーはキャディさんからモテますよ。

ひょっとすると取って置きの話が聞けるかもしれません。

そしてポケットにはグリーンフォークを忘れずに、パターの前に真っ先に使う道具はこのグリーンフォークですからね。

目土袋

今までクラブ以外のゴルフ用品を紹介してきましたが、
バンカーショットの後にはバンカーレーキが、
グリーン上のボールマークのためにはグリーンフォークが必需品であるように、
ディボット跡の修復のためには目土袋が必需品です。

目土袋といっても最近では小さくて、安く、ファッショナブルなものもあります。

イニシャル等を入れて識別したり、オリジナリティやファッション小物として楽しむこともできます。

目土袋はキァディカートに備えてあつたり、ティイングラウンドの近くには
目土砂が設置されていなすが、そればかりに頼っていると不便なこともあります。

いざという時のことを考えると各々が持っていることがベストです。

また、これからの時代はセルフでプレーする機会が多くなりますので、
各人がゴルフバッグに目土袋を備えておくことをお薦めします。

目土袋を携帯するようになると、思わぬ効果を発揮します。
自分のショットの痕跡を消せることだけではなく、
通りすがりや待っている間に、周囲の修復し忘れたディボット跡を
目土することができます。

こうすることで、コース上の修復し忘れたディボット跡もなくすことができます。

万が一、自分がディボット跡の修復を忘れたことがあっても、
別な形で恩返しができ、気持ちよくプレーができます。

しかも、こうしたひとりひとりの小さな行為が、ゴルフコースの荒廃を阻止して、より快適なグラウンドを育てていけるのです。

ディボット跡の具体的な直し方

目土には砂を使いなすが、砂はキァディカートに必ず備え付けてあリますし、
ティイングラウンドの近くに大きな箱や土管の中にあります。

よくゴミ箱と間違えて、空き缶やペットボトルが捨ててありますが、
それは無知なゴルファーがすることですね。

さてディボット跡の具体的な直し方ですが、
まず大きなターフをディボット跡に戻す場合は、
その周辺のすき間を目土で埋めて保湿してやると芝はそのまま生き続けます。

ばらばらになってちぎれた芝を戻す場合も目土すれば、芝は枯れても次に育つ芝の養分になります。

もしも元に戻す芝が見当たらない時はディボット跡の凹みも目土砂で
らに修復ができます。要領としては凹みにたっぷりめに砂を盛り、
靴底で踏んで平らにする。

芝の面より少し盛り上がっているぐらいがちょうどよいですね。
スコップで目土を落とすときはまわりの芝面に砂をなるべく散らさないように注意しましょう。

つまり、目土砂がないとディボット跡は修復できない訳です。
しかし、コースによってはカートレールやカート道路に制限されてキャディカートがフェアウェイの中へ入ってこれない場合があります。

そんな時、キャディさんはクラブ運びで手一杯でキャディカートに
備えつけの目土袋を持って行く余裕がありません。

この場合はプレーヤーが目土袋を借りて、目土に備えましょう。

目土袋を持っていかないと、修復ができず、散らかった穴ぼこだらけのコースを後続に引き渡すことになります。

これはゴルフプレーヤーとしては恥ずべきことです。気をつけましょう!



ゴルフ場でのマナー/ゴルフクラブ試打レポート ツアーステージ X-UT/ゴルフ初心者のゴルフマナー ~芝を取ったら~/再び1日2ラウンド@bonita (ゴルフ合宿最終日)/コスモスの花のように・・・

ディボットとターフ

「ナイスショット!」他のメンバーから声がかかりましたね。

フェアウエイでショットが決まると本当に気持ちいいですね。

心はすでに次打点に飛んでいるかも知れませんが、
ショットの跡にディボットができていませんか。

そして、ターフ(芝生のことで、アイアンショットなどでボールの先の芝生を削り取られたもの)が飛んでいませんか。

フェアウエイでのショットではディボットができることはやむを得ません。

しかし、フェアウエイを傷っけ放し、汚しっ放しの状態で
プレーを続けることは大人の人間のやることではありません。

そのまま放置されたたターフはゴミとなり、フェアウエイを汚すだけでなく、
当然、後から来るプレーヤーのボールランの妨げになります。

そしてディボット後にはせっかくナイスショットしたボールが捉まる可能性があります。
後続のプレーヤーが気持ち良くプレーできるように責任を持って配慮する事は、
ゴルフ場でプレーする者にとって欠かせない資質であり義務です。



口うるさくなりましたが、ショットの後はすぐに手足が後始末に動作するように習慣づけておきましょう。

飛んでいったターフはちゃんともとへ戻す。

ばらばらになった芝も拾い集めてもとに戻す。

戻した芝はそのまま生き続けますが、放置された芝は枯れてフェアウエイを汚すゴミになります。

そしてディボットはちゃんと埋めましょう。

ちゃんと埋めるということは目土をするということですが、
詳しくは次回、次々回で詳しくお話しさせて頂きますね。


ともかくショットの後に次打点に向かう前には必ず後始末の動作に入る習慣付けをすることが第一ですね。

今野 康晴プロについて

今野 康晴(いまの やすはる, 1973年5月28日生まれ )

岐阜県出身。
12歳からゴルフを始め、日本大学在学中の1995年に、
日本オープン選手権でベスト・アマチュアに入り注目される。

その後1996年にプロゴルファーテストに合格した。

しかしプロ転校当初はアジア・ツアーを転戦していた。
その期間中の1997年に「マニラ・オープン」でプロ初優勝を挙げました。

また1998年から日本ゴルフツアーのシード権を獲得。

1999年の「中日クラウンズ」で日本ツアー初優勝を果たした。

2000年には「ミズノオープン」で優勝。

2002年に「NST新潟オープンゴルフトーナメント」と
「アイフルカップ」で2週連続優勝を記録し一躍注目を集めることとなる。

だがその後は優勝から遠ざかり2005年の
「サントリーオープンゴルフトーナメント」で3年ぶりの
日本ツアー優勝を果たした。

これで賞金ランキングを一気に上げ、
世界ゴルフ選手権シリーズの「アメリカン・エクスプレス選手権」に
出場資格を得る。

同大会では25位タイ、イーブンパー、280ストロークの成績を残した。

また「アルガーブ・ワールドカップ・イン・ポルトガル」で
初の日本代表選手に選ばれ、谷口拓也とコンビを組んで出場するも
結果は15位に終わる。

同年12月4日、年間最終戦の国内メジャー「ゴルフ日本シリーズ」で
初優勝し、初めてのメジャータイトル獲得した。

賞金ランキングも堂々2位でシーズンを終えた。

2006年もこの調子をキープし、9月現在賞金ランキング2位につけている。
ツアー通算戦績は6勝。

今後の活躍に期待が掛かっている。